7月28日(木)大山口列車空襲慰霊祭

71年前の7月28日は、大山町で大勢の犠牲者を出した戦災「大山口列車空襲」が起きた日です。空襲を経験した人たちが少なくなる中、その体験を語り継ごうと慰霊祭と平和の集いが開かれました。

再生

 大山口列車空襲の慰霊祭には 空襲で亡くなった人の遺族をはじめ、町内の小学生や中学生などおよそ160人が参加しました。慰霊祭では遺族を代表して空襲で兄・哲夫さんを亡くした金田令治さんが、70年間人前で話さなかった兄の遺体と対面したときの様子を語りました。哲夫さんは当時15歳でした。終戦間際には鹿児島県や長崎県をはじめ、全国各地で列車を標的にした空襲がアメリカ軍によって行われました。大山口列車空襲はアメリカ軍の戦闘機3機が列車を襲い、45人を超える死者と大勢の負傷者を出した大規模な戦災で、県内では最も大きな被害を出した空襲です。この慰霊祭は、県内の小学校や中学校などで長年、空襲の体験談を語り、子どもたちへ平和の大切さを訴えてきた伊藤清さんの気持ちが引き継がれています。伊藤さんは去年の慰霊祭には車椅子で参加しましたが、今年の5月4日に86歳で亡くなりました。この日は奥さんの哲子さんが1人で参加していました。また、列車空襲で被災した 近藤裕さんも去年に引き続き、東京から駆けつけました。近藤さんは「自分の変わりに子どもたちへ語り継いでほしい」と伊藤さんから想いを託されて参加しています。慰霊祭の後の平和の集いでは、数少ない列車空襲の被災者、近藤さんの話をもとに作った紙芝居が披露されました。そして子どもたちによる平和のメッセージが発表されました。多くの人の思いで続けられてきた慰霊祭が70周年の節目をこえて今年も執り行われ、平和の願いを新たにした1日となりました。


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