八郷地区

【伯耆町八郷地区】
八郷地区の校区は、大山のふもとにあります。校区の真中には、大山ビューラインが走っていて、周辺には『植田正治写真美術館』や『地ビールレストラン』、『ペンション』や『放牧場』などがあり、大山観光にはなくてはならない場所となっています。


令和3年10月  伯耆町八郷地区

令和3年10月 令和3年10月
【マルシェきしもと】
大山ガーデンプレイス内に25年前にオープン。
おいしい野菜や果物がいつも並んでいます。
日光地区など、大山のおひざもと(大山のくろぼく)で育った野菜が多いです。
朝収穫したものを朝のうちに持ってくるため、新鮮です。
県外から来て、お土産に買って帰る方が多いと話してくださいました。

令和3年10月
ハタケシメジ、マコモダケなど珍しい品々も並んでいます。


令和3年10月 令和3年10月
【佐々木水車】
佐々木さんが作られた水車です。
このあたりには、たくさんの水車があったそうです。
いい里山にしようと、椎茸を栽培したり、わさびを植えたりして、整備しているそうです。

佐々木さんに大山寺周辺についてのお話を伺いました。
かつての地図を見せてもらいました。
大山寺には42坊の寺があり、丸山は里坊と呼ばれ、冬になると僧侶が降りてきて過ごしていたそうです。

明治の廃仏毀釈後にすべて取り壊されてしまいましたが、明治までは、ずらーっとお寺が並んでいたそうです。

丸山が日野郡になった時の地図。
当時戸長をしていた佐々木さんのご先祖が手書きで残したものだそうです。

他にもたくさん古文書はあるけど、読めないものもあるとのことで、 その中から、新たな郷土の歴史が見つかるかもしれませんね                


令和3年10月 令和3年10月
【FBI】(FIRST CLASS BACKPACKERS INN)
前回お邪魔したのは6年前。
オープン前日か、前々日のことでした。
あれから6年、現在でも、完成形は決めていないとのことで、どんどん建物が増えていくようです。

なんとプールができていました。

冬は寒さが厳しいけど、夏は涼しい、大山の環境は最高!ゴールを決めていないので、どうなるかわからないと話してくださいました。
どうなっていくのか、これからも楽しみです。


令和3年10月
【丸山交流館】
佐々木さんに古地図で見せてもらった丸山集落へ 地域のみなさんと待ち合わせをしました。

令和3年10月
【ふるさと丸山】
自分たちのふるさとがどんなところなのか。先人の足跡を記録しておこうと、作成された「ふるさと丸山」。
編集委員として、関わられた3名の方々にお話を伺いました。


令和3年10月 令和3年10月
【丸山神社】
大山寺に祀られている思兼命(おもいかねのみこと:知恵の神様)を同じように祀っています。              

西国三十三ヵ所のお堂を大山寺領にもってきましたが、火事で焼けてしまい、全ては残っていませんが、丸山には15番と16番が残っています。

令和3年10月
観音像が祀られている観音堂に案内してもらいました。
もともと観音堂は2つありましたが、1700年代の終わりか1800年代の初めくらいに2体を一つのお堂にまとめられました。
昔は、盆踊りなどもやっていたようですが、最近はやっていません。
丸山のみなさんによって大切に守られてきた観音像。
この地域を見守ってくれることでしょう。


令和3年10月 令和3年10月
令和3年10月
  【カエル工房】
前回訪れたのは、8年前。
女子ボクシング金メダリストの入江選手がペットとして飼っていることでも有名になったベルツノガエルのレプリカ、ミジンコやカエルがモチーフのカットクロスなどが、並んでいます。

令和3年10月 令和3年10月
思わず驚いたヘビのレプリカ。僕、ヘビは苦手なので、レプリカだとわかっていても怖いです。
博物館などから注文があるほど精巧な作りで、本物から型をとり、着色していくそうです。

もともと爬虫類が好きで、絵を描くことも好きとのことなので、
まさに天職ですね

令和3年10月
【鳥獣戯画シリーズ】
前回お邪魔したときにはなかった、鳥獣戯画シリーズ。 置物やブローチなどを作成しておられます。

今後も、どんな商品が飛び出すのか期待です。


令和3年10月 令和3年10月
【大山焼 久古窯】
大正時代、一度はなくなってしまった大山焼、
1970年頃に開窯。昔の大山焼とは違うので、集落の名前からとって、久古窯と名付けられたそうです。
2020年の1月に窯元を引き継いだ2代目の鈴木治道さんにお話を伺いました。


令和3年10月
たたら製鉄の炉でおきている現象を焼物に。日本刀の玉鋼と光るメカニズムは一緒。 焼き方で、色も模様も変わります。ひび割れ方は完全に自然任せ。 発色も、グリーンだったり、ブルーだったり、いろんな色にかわるそうです。
焼いて、窯から出すまでわからないとのことです。
これからどんな作品が生まれるか、楽しみですね



平成27年5月放送 伯耆町小林・藍野・真野地区編

2015.5 2015.5
左【千田さん】
小林地区の歴史に詳しい千田さんを訪ねました。
この地域にある大山寺は、古くは江戸時代の幕府の直轄領『天領』だったそうです。
この集落は13軒しか家が無かったそうですが、大きな集落とも対等に付き合いがあったそうです。

右【常夜灯】
火の神様を祀ったもの。その昔、この小林地区で火災があったそうです。
その後二度と火災が起きないようにと、明治時代から当番で毎日灯篭に火をつけているそうです。


2015.5 2015.5 2015.5
左【小西さん】
大山ペンション村に入ると作業をしている方を見つけました。話を聞いてみましたよ。

中・右【人形劇】
小西さんのペンションでは、宿泊されたお客さんに夫婦で人形劇をしているそうです。
その劇を見せていただくことに!


2015.5 2015.5 2015.5
左【看板】
歩いていると看板をみつけましたよ。“大山バックパッカーズ”
僕もある意味バックパッカーズですから気になりますね!

中【建物内】
中の様子を見させていただきました。ここはリビングダイニングだそうです。
宿泊される方々は基本的にはこちらの部屋でくつろいでいただいて、お部屋は寝るためだけにある、というスタンスだそうです。

右【斉藤さん】
斉藤さんにどこの国の方々が多いか伺うと、ヨーロッパの方が多いですよとのことでした。

以前泊まったスウェーデンの男性は、シベリア鉄道で横断し、境港へのフェリーで日本に来たそうです。
しかも!境港から、この大山のペンション村まで徒歩で来られたんだとか!!
ビックリです・・・(汗)


2015.5 2015.5
左【大山】
藍野地区からの大山の眺めも素敵ですね!THEだいせん!

右【大山の写真】
カメラも持ってきたので、大山を撮影してみましたよ(^^)
電柱も電線もないこの道は密かな撮影スポットとして人気だそうです。


2015.5 2015.5 2015.5
左【ジブリ?】
歩いているとなんともメルヘンな建物が!ジブリの世界みたいですね。

中【中西さん】
メルヘンな建物のご主人です。ここはカフェだそうで、3年前に建てられたそうです。

右【外観】
屋根はうねりがあり、直線のところを曲線で作り丸みをだしたことで、全体的に柔らかさをあらわしたそうです。


2015.5 2015.5
左【内観】
中に入らせてもらいました。中には椅子と絵本がおいてありましたよ。
子ども達が喜びそうな場所ですね(^口^)

右【建物の写真】
こちらも、僕のカメラで撮影をしましたよ!パシャッ


2015.5 2015.5 2015.5
左【FBI】
お?なんだろうランタンがあったぞ・・・ん?FBI??なんでしょう?見に行ってみました。

中【松本さん】
作業中の方を発見!この場所はなんですか?と訪ねたところ、『キャンプ場です!』

とのことでした。しかも工事中だったのですが、この撮影の次の日がオープンだそうです!
実は松本さん、大阪から仲間とともに作業に来てるそうで、10人程度で他の仕事もしつつ
大山に通っているので、この場所が完成するまで丸3年かかったそうです(・・;)

右【レストランバー】
ここはキャンプ場ですが、レストランバーも併設するそうで、追い込み作業中でした。
オープンデッキで気持ちよさそうですね(@^^@)


2015.5
【FBIの由来】
お店の名前の『FBI』の由来も聞いてみましたよ。英語ですが、
「Firstclass Backpackers Inn」の頭文字だそうです。
メンバーの皆さんと写真を撮らせていただきました!楽しそうなキャンプ場ですね!


2015.5 2015.5 2015.5
左【鳥居】
森の中に鳥居を発見しました。聞いてみると、「藍野神社」だそうです。

中【藍野神社】
鳥居についている神社の看板には、よく見ると“勝田神社宮司”の文字が。何か関係があるんでしょうか?

右【川原さん】
お話を聞いていた川原さん、藍野神社の『藍野』は音だけ聞くと「愛の」となるので
桝水高原の恋人の聖地と併せて何か出来ないかな〜と、おっしゃってました。
川原さんは染色をしているそうで、工房を見せていただくことに。


2015.5 2015.5 2015.5
左【看板】
川原さんの工房です。看板には『大山友禅染』の文字が。カフェギャラリーもされているそうです。

中【川原さんご夫婦】
奥様も染物をされているそうで、この日お召しになっていた洋服もご自身で染めたそうです。

右【店内にて】
川原さんは元々法学部卒で、3年程法律事務所で働いておられたそうです。ですが、
自分には合わないなという事で脱サラをして京都で染色を学び、1982年にこちらに移られたそうです。


2015.5 2015.5 2015.5
左【下村さん】
真野地区でそば打ち名人がいると伺ってお邪魔しました。こちらがそば打ち名人の下村さん。

中【そば打ち場】
12年前からそば打ちを始めた下村さん。それが高じて、納屋の2階部分をそば打ち場に
改築されたそうです。年に何回かはそば会を開催されて友人を招いているそうです。

右【そば完成】
そば完成しました!美味しそうですね〜頂きます!そば粉も自家製!コシもしっかり!
『美味しい!のど越しも最高ですね!』


平成25年9月

2013.09 2013.09 2013.09


左【大山ガーデンプレイス】
ここは主に伯耆町の方が朝採れ野菜を持ってこられます。この日も朝から沢山の品々が並んでいました。
米子近郊の方だけでなく、遠くは大阪からも野菜を買うためだけに、来られるそうです!


中【大成池】
日本の平成ため池百選に選ばれた池で、昭和初期にはこの池から田んぼに水を引いていたそうです。
源流も近くにあるとのことで、案内してもらいました。


右【久米桜酒造】
地元で作られた八郷米を使って作られた日本酒『八郷』。特別に試飲させてもらいました。


2013.09 2013.09 2013.09

左【カエル工房】
カエル作品を作って販売をされていて、この日はカエルの目を塗る作業をされていました。私もお話を伺いながら、

色塗り体験をさせていただきました!


中【Tree Frog
元カエル工房があった場所に、今はTree Frogさんが工房を構えておられました。銀細工や真鍮などを使って、

さまざまな作品を作っておられました。


右【八郷で人気の巡査部長】
地域の方々に転勤しないように嘆願書を書かれるほど慕われている巡査部長に会いに、駐在所へやってきました。

趣味の石斛(せっこく)-長生蘭-も見せて頂きました。


平成18年2月



左【ほうきタウンバス】
伯耆町八郷校区は校区がとても広いということで、今回は『ほうきタウンバス』を利用しました。
このバスは、多くの小中学生が通学に利用しています。


中・右【鈴木さん・久古窯】
伯耆町久古で大山焼の窯元をしている、鈴木さんにお会いしました。鈴木さんは、京都で勉強をした後、

昭和47年故郷で窯元をはじめました。大山焼という名前は、明治・大正時代にこの周辺にあった焼き物の名を

頂いてついたそうです。



左【大山焼の作品】
この付近は、中国山地のはずれにあるため、鉄分を多く含んだ粘土が多く、金属色に反射を起こすという特徴があります。鈴木さんは、これについての研究をずっと行っておられます。


中【伯耆町消防団第4分団(八郷分団)】
消防団の方が、消防車の点検をしているところに出会いました。伯耆町消防団第4分団のみなさんは、日々の巡回や一人暮らしのお年寄り宅の雪下ろしをするなど、積極的に活動をしておられます。


右【放水訓練】
僕も、放水訓練を体験させてもらいました。水を放つホースはとても重たかったです。



左【やぎのピオーネ】
次に、ペンション村まで足をのばしてみました。そこで、カルロスランチのご夫妻とやぎのピオーネ(女の子)に出会いました。
ピオーネの大好物は、ビスケット。ご夫妻と一緒に米子の公園に散歩に出かけることもあるそうです!!


中【沖村ペンション】
1976年(昭和51年)、西日本初のペンション村が誕生しました。沖村ペンションはペンション村の誕生と同時にオープン!オープン当初は、3件のみだったペンションは、その後2〜3件ずつ増えていったそうです。
昔は、若い女性のお客様がほとんどでしたが、今では、家族旅行で来る人がほとんどで、オープン当初からのリピーターも多くいらっしゃるそうです。


右【手作り味噌】
伯耆町丸山にある丸山交流館では、地元の奥様達が味噌作りをしておられました。
今はまだ白っぽい味噌ですが、熟成が進むにつれて色が濃くなっていくそうです。



左【丸山代官所跡】
冬の間、大山寺の役僧が執務した役所がありました。代官所の近くには、武家屋敷が5〜6軒立ち並んでいたそうです。
明治時代には、この場所に芝居小屋があったそうです。


右【常夜橙】
江戸時代のころ、大山に向かう人たちは、この常夜橙の灯りをたよりに歩いたのでしょうね。



左【後藤さんの家の牛】
梨の剪定中の後藤さんに出会いました。後藤さんのお宅では、和牛を4頭飼育しておられました。後藤さんのひいおじいさんの代から、和牛の飼育を続けておられるそうです。


右【大原古鍛冶発祥の地】
後藤さんに、「刀鍛冶発祥の碑」を案内してもらいました。この地は、平安時代の刀工、『大原安綱』の伝承の地とされています。『太平記』によると、“鬼の手首を切った刀、源氏の宝剣「鬼切」(国宝)は安綱の作と記されています。